カッコンカッコン

あぁぁぁぁっ!
MacBookの内蔵HDDがカッコンカッコンとうるさいよぉ!

これはそろそろ死亡フラグが経ち始めているのか?
用心してSMART関連のツールで異常は常にモニタしているのだけど、今のところ悲劇の兆候はなし。
そろそろTimeMachineへのバックアップもしておいた方がいいなぁ。

ホント、この音ってやだなぁ。

トンカツ定食

どうしても商いが続かない土地というものがある。
なぜだか分からないのだけど、半年から1〜2年ほどでころころと店が変わる曰く付きの場所だ。

通勤の道すがら前を通るので、新しい店ができる度に「さーて、次はどれだけ持つのかなぁ」なんて思ってしまうのだけど、何度も入れ替わるお店を見て来て一つ気がついたことがあった。

そこは何度も飲食店が入るのだけど、決まって末期には「トンカツ定食」がメニューにあがるのだ。
それが、ラーメン屋だろうが、中華屋だろうが、看板には関係ない。
どうにも人が来ないためか、いつに日にか目立つように「トンカツ」の文字が現れ始め「なんでここでトンカツ?」なんて思っていると、いつの間にかドロンと店は終わりを迎えてしまう。
そこには最近までラーメン屋があったのだけど、店前の立て看板にはなぜか大きく「トンカツ定食」の文字があったのをよく覚えている。
3月からは新しいラーメン屋が開店するそうだ。
言わんこっちゃない。。。

なぜに「トンカツ」に走るのかはよく分からない。
確かにソース好きの関西人にはほどよくトンカツは訴求力があるけれども、これほどまでにどの店も同じ末路を辿るとなると逆に妥当な理由が見いだせない。コスト的に美味しいのかなぁ。

ちなみに、その場所にはかつてトンカツ屋さんも入っていたことは言うまでもない。
消えたスピードは過去最速だったと思う。
ま、最初からトンカツ定食出しているからなぁ。。。

新しいラーメン屋さんがいつまでもラーメンにこだわってくることを陰ながら願っていよう。

ここんとこ毎日のようにお客さんのとこで半日ほど作業をしている。
そこで、作業レポートのようなものを書いているのだけど、借りているPCのキーボードが少しへたっているのか、Tのキーが微妙に反応しないことがある。
「でした」は「でしあ」になり、「つまり」は「うまり」になる。
とは言え、あまり画面も見ずに資料をみながらバチバチと文章を書きなぐっていくわけで、T抜けというのもすぐには気がつかない。

作業レポートなのでよく使われる単語として「対応」という言葉がある。
「〜に対応致しました」という決まり文句の更新なのだけど、これがTがぬけると「あいおう」になる。そして、なぜか借りている環境では「愛王」という変換になる。

かくして、気がつくと我がレポートは至るところに”愛王”が大活躍する愛にあふれた
サーガとなるわけで、目にする度に直江兼続が脳裡をよぎったりもする。
無論、しばらく脱力して肩を落とした後には素直に置換をかけるのだけど、レポートを書き終えるまでに”愛王”を放置するほどの気力はふり出せない。

あー。
明日も愛に溢れたポエムを綴るのかと思うと、気が重い。

サムライフラメンコ

意表をついた展開についていけなくて口をあんぐりと開けたままになる。
それを何度も経験したのがこの作品だ。
7話からの超展開に始まって「えっ?!」と何度思わされたことか。
いやー、この作品、実に楽しい。

物語の整合性というのもすごく大事なのだけど、それ以上に”驚き”というのは大事なものだ。
そういう意味では、実にこの作品はアニメらしい作品で、この作品の面白さは小説でも漫画でも、ましてや実写でも表現できないと思う。
アニメという媒体だからこそなし得る根源的な面白さなんだろうな。

方向性は違うけど、スペース・ダンディなんかもいい味を出している。
馬鹿馬鹿しいと言えばそれまでだけど、その馬鹿馬鹿しさを最後まで見せつけられる説得力というのは大したもので、それは落語や喜劇などの演芸と何らか変わらない実力を持っていると言えるだろう。

きっと、ちらっと観ただけではこれらの作品の面白さは分からないと思う。
でも、ぐるっと一周回って気付かされる面白さというものを体験すると、これはもう堪らないものがある。
大人の作品だと思うな。
己のスタンダードを問いかける力強さがあるもの。

どの作品もそろそろ終盤を迎える。
あと一月もすれば終ってしまうわけで、実に残念この上ない。
しかし、この不充足な気持ちが逆にいいんだろうな、と思いながら、やっぱりやるせない思いもある。

つまりは、楽しい、というわけだ。

チャーハン

会社から歩いて10分ぐらいのところにある中華屋に後輩と晩ご飯を食べに行った。
店に入ったのは19:30ぐらい。
ここは炒飯が美味いと聞いていたので、二人前を頼んでみたところ、

モウ、チャーハン、ナクナタヨ。

と給仕のお姉ちゃんに片言の日本語で無情の宣告。
開店してまだ2時間しか経ってないじゃないか。。。

二人とも口の中が炒飯の気分でいっぱいだったので随分とがっくりと来てしまったのだけど、代わりに頼んだルーロー飯とあんかけソバが美味しくて、さらに餃子が驚くほどの美味さでもあったので、どうにか凹んだ気分は帳消しに出来た。

しかし、こうなるとリベンジに行きたくなるのが人情で、次は仕事を定時で終えたらすぐに飛んでいかなくてはならない。

ひさびさの煮物

ここんとこ、鍋や炒め物などが多くて煮物を作ることがなかったので、久しぶりに作ってみることにした。

・筑前煮
・里芋の煮っころがし
・ブリの煮付け
・絹揚げの煮込み
・豚バラ大根

基本、酒・みりん・醤油・出汁の素を混ぜて煮切ったところへ材料を放り込んで煮込むだけの無手勝流の”なんちゃって煮物”。
ま、これはこれでそれなりに出来上がるのだから、日本の調味料って偉大。
落とし蓋をしてたまに様子を見てやれば出来ちゃうんだもんなあ。
いやー、日本人でよかった。

冬は煮物を作るには絶好の季節。
特にうちの台所というかリビングは吐く息が白い程度には室内温度が低いので、言わば部屋全体が冷蔵庫の中にあるようなもの。
おかげで、煮込みが完了して器に移した時点から冷蔵庫に入れなくても”寝かし”が始まる。粗熱をとるつもりで台所で放置しておけば、すっかり冷えてくれるのでこれまた手間要らず。冷蔵庫に入れる方が却って冷えない場合がある。

煮物には日本酒がよく合う。
冬の寒さの中で頂く煮物と日本酒の組み合わせは格別だ。
ご飯も止まることを知らない。
この季節だけの楽しみだ。

明日の昼にはそれなりのものになっているだろう。
明日の晩はせいぜい、酒選びに頭を悩ますことにしよう。

民意

会社勤めをしているサラリーマンに限ってなのだけど、税金の源泉徴収のように選挙の投票も会社に代行させられるようにしたらいいと思う。
個人でも確定申告できるように、自分の意志で投票したい人は会社に申し出て投票権を預けないようにして、自分で投票が面倒な人は会社に投票先を信託する。
そうすると、投票率が上がり、今よりも民意が選挙結果に反映されるんじゃないかと思う。

実際に、労組の強い会社や組織ではこれに近い状態にあるんだし、会社じゃなくても各種組織票なんてのも同じ仕組みでやっているわけだし。
浮動票なんてものを産み出すぐらいなら組織票に取り込んでしまえ、と考え直したらいいと思う。

少なくとも一般市民からは反対は出ることはないだろう。
自ら投票に行く必要がなくなるし、棄権の言い訳を考えなくてもすむ。
でもって、結果が出たあとでは大手を振って文句も言える。
なかなかにいいと思うんだけどなぁ。

少なくとも、首都の首長を決めるのに7割弱の有権者が関与しないなんてことにはこれでならないと思うのだ。
1票の格差なんてのもこれで随分と低減するんでないの。
きっと草葉の陰で板垣退助も賛成してくれるに違いない。

暴々茶

その昔「暴々茶」というものがあった。
ジャッキー・チェンがCMで宣伝していたもので、なんでも昔の文献をたよりに現代に復活させた幻のお茶として少しばかり話題になった。

当時学生であった私はこのお茶に興味を持って暴々茶の由来を調べるために、大学の資料室にしばらく篭るということをした。
あちこちの文献をあたり、調べに調べたが全くに尻尾がつかめない。
なんとか、頑張って「暴茶」というお茶があるという事実には辿り着いたけど、そこでギブアップ。
気がついたら、暴々茶は全くヒットすることなく世間から消えてしまっていた。

そして、時は流れて幾星霜。

先日、あることをきっかけに蔡瀾さんの動向をWebで目にした。
蔡瀾さんと言えば、あのゴールデンハーベストのプロデューサーでもあり、料理の鉄人ではかなりの辛口を鳴らした名物審査員としても知れた方だ。
まだご健在とは知らずに懐かしくて目を通していると、なんと。なんと。
あの「暴々茶」はこの蔡瀾さんがプロデュースとしたいうではないか。
暴飲暴食しても大丈夫という意味で暴々茶なんだそうで、、、そらぁいくら文献たぐっても分からへんわなぁ。。。

何とも気の抜けた舞台裏に、彼の苦悩の日々が思い出されて思わずムカッとなったのだけど、すぐにそれは笑いに変化した。
考えてみれば、ネーミングセンスが”いかにも”な感じで民明書房級の怪しさがある。当時はその匂いを嗅ぎ取ることができないほどに頭でっかちだったのだろう。
なんだか己の青さをあらためて目の当たりにしたようで、気恥ずかしさすら感じる。
道理でジャッキーがあんなCMに出ていたわけだ。

昔はググることができなかった。
だから、人に聞くか、文書にあたるか、自分で確認しに行くか、この三つの選択肢しかなかった。そして、それで満足いく結果を得ることはあまり多くはなかった。
果てしない回り道と、多くの寄り道をしていたのだと思う。
ググれカスと言われる時代になった今、かつてとは比べ物もならないほどに大量の情報に接することができるようなって、果たして私たちは多くの正解を手に出来るようになったのだろうか。

”暴々茶”というたった三つの文字を探しに史料の海へ潜った若き日の自分へ、私はまだ応えてあげられるほどの言葉を持ち合わせてはいない。

競売

郵便物をとりに行くと不動産のちらしが入っていた。
別に不動産なんかに興味があるわけではないのだけど、興味本位で見てみるとすぐ近所の家が売りに出されている。
それだけなら別に珍しくもなんともないのだけど、売り出しがよりによって”オークション”。つまり、お上に差し押さえられたと。。。
気になって調べてみると確かに地裁から入札向けの資料が出ている。
浴室や居間などの家の中の写真まで撮られるなんて知らなかったな。
なんともいえない悲哀を感じてしまう。

付き合いはなかったので実状は知らないけど、結構派手な生活をしているように見えていた。しかし、内状はそうでもなかったのかな。
ま、何があったかは分からんし知りたいとも思わないけど、身近でこういうこともあるものかと少し興味深い気持ちにはなった。
どうか変な人達が越してきませんように。。。

くわばら、くわばら。