いよいよ

気がつくと、もう明日から広島行きだ。
と言っても、午前中は会社に出て少し事務処理をしてからの広島入りなんだけど、これはこれであまり無い体験だからええのかも。
お昼にはすかっと仕事終わらせてから新大阪に飛んで、少し奢った駅弁でも買って新幹線でばびゅーんと広島へ。
時間があれば広島の市街を闊歩してから石亭に行って、それからはもう。。。
こうして夢想する瞬間が実は一番楽しいのかもしれない。

しっかし、全然行く準備ができていないんだな。
ま、準備といっても着替えの用意ぐらいで充分なんだけど、行く所の素性が知れているとこれほどにお手軽お気楽に構えていられるのかと、少し驚きもある。
どうにも近くの親戚の家に行く程度の感覚しかなくて、うーん、計画を誤ったかなあ。
いや、何処に行きたいか自分に問うて真っ先に出たのが石亭だったから、間違いはないはずだ。
広島だからこそ、このクソ忙しい時の旅でも安心して迎えられるわけだ。
これがまたバイクで九州なんてことだったら、あれこれと気を揉む事が多くてきっと疲れ果ててしまっていたことだろう。

是非とも有意義な癒しの安芸路であってほしいものだ。

この手に掴むもの

五体満足にこの世に落としてもらったから、というわけではないけども子供の頃から割りと身体に対するコンプレックスはない方だった。

無論、虚弱体質で、小学生から眼鏡が必要なほど目が悪く、百人並の容姿に、小柄で骨張った体というのはお世辞にも人様に誇れるものではなく、少しぐらいはひねくれてもいいのだけど、これが不思議ともう物心がついた時には既に諦めの境地に達していて、ありがたいことに身体に対しては殆ど関心を持つことになく青年期をやり過ごすことができた。
#ある意味では、残念な青春なんだろうけど。

しかし、そんな諦観の世界にあってもたった一つだけ、今でも苦い気持ちになってしまうことが一つだけある。
それは、手が小さいことだ。

ネットで調べてみると身長と手の大きさに関するデータというのがいくつかあって、自分と同じ身長の人間だと約18.5cmぐらいが平均的とある。男女の性別差はあまりないようだ。
然るに、自分の手の大きさを測ってみると、16cmしかない。一番長い中指でも8cm止まり。
この16cmというのは、およそ145cmぐらいの人間の手の大きさで、それは11〜12歳の子供と同じということを意味する。

ま、昔から手だけは成長が止まっていたように感じていたので平仄は合うように思うのだけど、あらためて自分の矮小さを象徴しているようで、たまにため息混じりで眺めてしまうことがある。
きっと、こんな小さい手だから幸運も掴み損ねてしまうんだろうな、なんて馬鹿げたことも気が弱っていると脳裡に浮かんできてしまう。
頭の中も心の中も厨二であることは誰にも分からないけれど、この手の大きさだけはそれが子供の頃から何も変わっていないことを雄弁に語っていて、唯一と言ってもいい身体的コンプレックスとして心の隅にあり続けている。
#ちなみにキーボードの入力もミスが多い。

手相的には、手が小さいことは性格の大胆さや大雑把さを示しているらしい。
ただ、極端に小さいと血の気の多さや無鉄砲さにその比重は傾き、波瀾万丈の人生を歩むとか。
うーん、、、占いの種類を問わず、なんかこういう言われ方をよくされるなぁ。
まさか手の大きさでもこんな結果になるとは思ってもみなかった。

いつの日か最期にこの眼に映る手の平には一体何を掴んでいるのだろうか。
少なからず気になってしまう。

もういくつ寝れば

少しだけ情報が集まってきた。
と言っても大半が飲食に関わる情報ばかりで、いかに飲み食いすることしか考えていないかがよく分かるのだけど、そもそもが煩悩を慰めるのを目的としているのだから、当然の結果といえば当然の結果か。

地元の住人からして「観るようなものは何もないと」言い切るのも頷ける話で、明示的な観光スポットといえば厳島神社、平和記念資料館、縮景園ぐらいしかない。
しかし、だからといってつまらない町かと言えばそうでもない。
町全体が日常を中心としている感じがして、美味しいパン屋さんとか小粋な呑み屋とかケに属するものが多いだけに過ぎない。
つまりはハレの町ではない、と。

だからこそ、少し下調べして「最近、引越してきました」みたいな顔をして普段着で歩けばそれなりに気持ちのいいところなのかな、と想像している。
ま、こればかりは実際に行ってみないことには分からないのだけど、少なくとも今まで訪れて得た記憶と調べてみて知ったことを総合すると予期されるところはそう外れているとも思わない。

しがない庶民としては別荘なんて持てないけど、少し足を延ばせば見知った町があるというのはその持てない別荘を持つことに匹敵するのではないかと思う。
少なくともコストパフォーマンスの良さは絶大だ。
年に20万使って向こう20年間楽しんだとしても、たったの400万。400万で手に入る別荘はそうはない。
と考えれば性懲りもなく何度も同じ町に行くというのは、それなりにお気楽な楽しさがあるように思える。

なんならウイークリーマンションを借りてもよくって、¥3,000〜¥5,000ぐらいで1LDKぐらいのが借りれる。仕事ならいざ知らず遊興目的で借りるなら少し中心地を外すだけで、コストを抑えて雑踏を離れた静けさに与るという余録までついてくる。
ちょっと高い旅館に1〜2泊する予算で1週間ぐらい滞在できるというのは大きいな事実だ。
特に広島のようなインフラと文化施設が整った町で短期滞在が現実的なコスとで実現できるというのは、ライフスタイルそのものの考え方を変えるぐらいのインパクトがある。
バブルの時に流行ったリゾートマンションと発想は同じなんだろうけど、こっちの方が現実味がある。

とはいえ、そんなことではいつまでもデラシネな生き方であり続けてしまうのだけど、少なくとも吹きだまることはない。
その望月の如月の頃、とまでは言わなくとも世を眺める場所があるというのは贅沢の極みだと思う。

ま、何もかもそれを実現する経済力があればのことだけど。
そこが一番世知辛い。
数少ないチャンスではあるし、針が振り切れる瞬間を期待して楽しんでくることにしよう。

もうすぐ

時間というのはある時点まではその流れは感じる以上に遅いのだけど、そのある地点を超えた途端に思いの外に早く流れ始める。
ちょうど大きな玉が坂道を下るかのようで気がついた時にはそれなりの速さを伴っている。

ということで、随分と先に思っていた広島行きも既に来週の末となっている。
いやあ、まだ何も予定を決めてないのだけど、大丈夫かなぁ。
毎度ノープランではあるけど、いつもはツーリングメインなので走ってさえいれば問題ない。
それが、今回は基本徒歩と交通機関だけだから、移動は手段にしかならない。
って、そんなの旅としては当たり前のことなんだろうけど。

今回は骨休めなので、よーく自分のわがままを聞いてあげなければいけない。
間違ってもイベントをこなすことに終始して本末転倒しないようにしないと。

どんな時間を過ごせるのかなぁ。

夏の宿痾

こう暑くなってくると、お酒も辛口をロックでやりたくなる。
口当たりもよくて、夏ならではの楽しみではあるのだけど。。。

余計に暑くなる。

うーん。これさえなければ実によい楽しみなのだけどなぁ。
やはりアルコールが入ると新陳代謝が活性するのか、体温がぐんと上がって体の芯から暑くなってしょうがない。
涼をもとめて口にしたお酒が体を温めてしまうのだからこんな皮肉はない。
それも夜遅くとなると、この火照りが寝るまで続いて寝苦しさは倍増。
汗ばんだ体を持て余して呻吟しながらもう寝る前に酒は飲むまいといつも決意するのだけど。。。

古酒のロックにはついつい手が伸びてしまう。
こんな宿痾も夏の一興と思い定めないとな。

空回り

鮭の切り端が安かったのでレタスも買って炒飯にでも使おうかと考えた。
遅くに帰ってきても手軽に作れる炒飯はいつも重宝するので、せめてバリエーションだけでも増やしておきたい。

週末恒例の仕込祭りをした後で、残った材料を確認していると、なぜかキャベツがころり。
あれ?なぜキャベツが?
今日買ったのはレタスであってキャベツなんか。。。。。。

買っとるではないか!
というか、レタスはどこ?!
どうにもレタスとキャベツを間違えたようで、って、どう間違えたのかは分からないけれどもとにかくレタスはなくキャベツだけが家にある事実だけは動かしようがなかった。

あぁ。
こうなったら、今日はもうお好み焼をするしかないなぁ。
卵も小麦粉もあるし。
全くもってお好み焼きは上手に作れないので家ではやりたくないのだけど、背に腹は代えられない。

晩になって、フライパンでじゅうじゅうとお好み焼きを生産。
小ちゃいキャベツなのにお好み焼きにするとでかいのが3枚も出来た。
恐るべきコストパフォーマンスの良さ。1枚50円もかかってないんじゃないか?
店で食べるとなんだってあんなに高いんだ。

ソースをかけてマヨネーズを少し混ぜてぱくり。
まーまーの出来ではあるのだけど、やはり実にしっくりとしない違和感がある。
まぁ、素人が作ったものだし。
お腹が空いているから四の五の言わずに食べることにしようと、ぱくつきながらふとソースの容器をみてひっくり返った。

焼きそばソースじゃないか。。。。

そりゃぁ違和感あって当たり前だ。同じ「焼」の字がついていても味は全く違うのだもの。
なんだって、一枚平らげるまで気がつかないのかなぁ。

どうにも今日は空回ってばかりの一日だ。
なんだか。もう。

アップデート

月並みではあるけれどもどういうソフトであってもバージョンアップというものには少し期待をしてしまう。
しかし、日進月歩のITの世界においてどういうユーザに対しても同じ降下のあるバージョンアップというものはなかなかに難しいようで、せっかくのバージョンアップでとほほなことになることがある。

まず、Opera。
12へのメジャーアップデートだから楽しみにしていたのだけど、これがまぁ日本語入力と相性の悪いこと。
とにかくに入力が遅い。もともとOSX版のOperaは日本語FEPとの相性は悪かったけども、今回のバージョンもその歴史に忠実に酷い。
さらには、キャッシュの扱いも変わったようで、ニコ動などの動画のキャッシュがとれない。
なんとなくビジネス的な目的でなされたバージョンアップのような気がしないでもないけども、Operaの迷走っぷりを示すいい見本だ。

それからVLC。
こちらも2へのメジャーアップデート。
さぞかし性能が上がったことだろうと楽しみにしていたのだけど、H.264に関してはズタボロ。今まで再生できていたものがことごとく再生できない。
しょうがうなくこちらは1.9に差し戻すことに。

どれもフリーで使わせて頂いている以上はあまり多くは求められないのだけど、どうにも操作性に関わるところでの改悪というのは受け入れ難い。
同じソフト屋としては事情が分からんでもないのだけど、ユーザにはそんなこと関係ないからなぁ。
ソフトの世界の難しさを垣間みた気がする。

#あー、Operaぁ、早く修正してくれぇ、入力しにくいったらありゃしない。

広島

月末の広島行きを決めたものの、過ごし方がまだ決まらない。
とにかく気負い無く、お気楽に、気ままに過ごしたいと考えているので、間違っても時間を気にするようなことにはなりたくない。
わざわざ時間とお金を使って「何かしないと!」なんて強迫観念に駆られるのは馬鹿の極みだ。

今回は移動は全て公共機関に決めているので、バイクでないとかくも行動範囲は変わるのかと驚くほどに選択肢が変わってきている。
その分、常識にとらわれずにやりたいことを考えてはいるのだけど、あまりむちゃくちゃなことをすると時間の制限がきつくなってしまうのでバランスが難しい。ほどほどに余裕を持って過ごすというのは案外に難しいもの、というか、既にこう考えてしまっているのがいけないのかな。

広島というのは知っているようで何も知らない町ではあるのだけど、いかんせん何度も訪れているのでどうにも県単位で考えないことには旅に出た気にもならなくて、実に距離感が掴みにくい町でもある。全く、この町に赴く事はハレなのかケなのか。

何の縁もない町なのだけど、他の町には感じない自分だけの距離感が得らることを期待して、もう少し考えを練ってみることにしよう。

ミスの連発

朝からミスの連発。
段取りを間違えていたり、ケアレスミスを重ねたり、なんだか頭がくらくらとするようなミスばかりを招いてしまう。

こういう時にはなるべく何もしないように大人しくすればいいと考えるのだけど、それはそれで裏目に出る事もまた多々あって、結局どうにもできないままあがき続けてツキが戻るのを待つしかないというのが結論になる。

とにかく腐らず、やさぐれず、泣き言を言いながらでも向かい合っていれば少しは報われる瞬間もやってくるもので、その時を信じていられるかどうかが大きな鍵となる。
なかなかに辛いチキンレースだけど。

明日は今日よりも良い一日だといいなぁ。。。

寝足りない

やはり1日の平均睡眠時間が5時間を切ると辛くてしょうがない。
土曜日には久しぶりに惰眠を貪った。
実に14時間の睡眠をとったのだけどそれでも寝足りない。
昼食後にはさらに午睡を楽しみ、たまの休日も食べるか寝るしかしていない。
おそらく意識があったのは10時間にも満たなくて、気がつけばまた眠気に襲われてそのまま寝床へ。
あっという間に日曜となって、またお仕事の一週間が始まってしまった。

とはいえ、たった一日とはいえ充分に寝る事で復活できるところがまだまだ救いなのかもしれない。
ああ、これで残業代さえあれば言うこともないのだけど。。。ま、お仕事があるだけマシというもので。

今月はひたすら忍の一文字しかしれないなぁ。