奨学金

学生時代に借りていた奨学金がようやくにこの秋に完済となる。
就職をしてから毎月微々たる額での返済だったけど、とてもお世話になったお金ではあったので幾ばくかの感慨を感じてしまう。
借りておきながら返済をせずに踏み倒す人間が後を絶たないそうで、奨学金の運用自体が危ぶまれているけれども、自分が返したお金が少しでも役に立って欲しいと思う。

そういう時に「Studygift」の話を聞いて、よい仕組みができたものだと感心をした。
ネットを使って篤志家を募るというのはまことに現代らしい。

ただ一つ疑問に感じたことがあって、今回の第1号目の対象者に選ばれた学生さんが得た支援金を使って一体何をしたいのかがよく分からないのだ。
「学費が支払えず退学になるという状態では通常の就職活動を続けることは不可能になってしまい、なんのために大学に入ったんだろう、と感じました。」
とあるけれども、こう言われると「就職活動するために学生という身分が必要で、そのために支援をして欲しい」という解釈がで出来上がってしまう。
無論、就職を念頭において大学生になるというのは現代の真理であり、それ自体は否定しないのだけど、「studygift」自体が”学費支援”と謳っている以上、学業に支援金が活きるストーリーが提示されて然るべきなのだけど、どこまでいっても学生という身分の維持が主眼になっているようにしか思えない。
とはいえ、それを承知で支援を申し出る人がたくさんいるからこそ、あっという間に支援金も集まったわけで、世の中心の広い人が大勢いるのものだと別のところでも感心してしまった。

大学なんて基本的には何をやってもいい期間だし、学ぶということが学業だけではないのも事実だから、色んな経験や挑戦をして将来的に社会へ何らかの価値創造を通じての還元が出来る大人になることを期待した「奨学金」と考えれば、今回のことはそれなりの整合性があるのかもしれない。
つまりは、苦学生像が変わってきていて、それに自分がついていけてないということなのかな。

主催者の「より多くの苦学生を救いたいという私たちの思いは変わりません」という言葉に期待したい。

自分の言葉

文体を判定してくれるという面白いサイトがあった。

■文体診断λόγων(ロゴーン)

で、いくつか過去のエントリを入れてみると面白いように傾向が出ている。

似ている先生として「井上靖」先生、「井上ひさし」先生、「有島武郎」先生の御三方が上位を占めていて、多少の変動はあるもののいずれかの先生が降臨なさる。
#御三方ともあまり文体は似てないと個人的には思うのだけど。。。

特徴のある文体という評価を頂いているのだけど、この点は確かにそうかもしれない。
良い悪いは別にして自分なりに文体を意識しているところはあって、それが統計的に見てとれるのだろう。
ということはそれなりに意識した文体が板についてきた、ということ?

しかし、この文体は全くもって好きではなくて、もうかれ四半世紀近く自分の言葉を探しているような気がする。
確かに、中学高校の頃には自分の言葉があったんだよな。
それが、本を読み、人と出会い、物事を経験をするうちに摩耗してまって、何だかどこからか頂いてきたような言葉ばかりになってしまった。
その忸怩たるや隔靴掻痒とも切歯扼腕とも言い難い、息の詰まる思いがしてならない。

別に作家でも何でもないのだけど、自分という像を削り出すような言葉というのは持っていたいと思いが強くある。
それはなんとなれば、もう自分そのものに他ならないからだ。
若い頃には麻疹のように誰もがかかる「自分さがし」なんてものには縁がなかったけれども、「自分の言葉さがし」となると未だに厨二病よろしく旅の空を下をほっつき歩いているようなものだ。
見たまま、感じたまま、考えたことを表せる言葉、そういう言葉を手にしてみたいものだ。

#ちなみに、このエントリは北村透谷、石川啄木、北原白秋の御三方の降臨にて”詩情あふれる”内容でお送り致しました。なんのこっちゃ。

ストリートビュー

Googleのストリートビューを使った調べ物をし終えた時、ふと自宅の住所を入れてみようと思った。
過去に何回かやってみたけれどもいつも登録されていなかったので、今回も何もないだろうと思っていたら。。。いきなり我が家が出てきてびっくりした。
既に2年前に撮影されとる。。。知らなんだなぁ。
となると気になってしまうのが表札。まさかそのまま映っとらんよね、とドキドキして写真をズームして確かめてみたところ、ちゃんと加工されていて字が判別できないようになっていて一安心。
いやぁ、よかった。それにしてもこれは便利というか恐ろしいというか。

ついでに今は亡き爺さんの家を見てみると、、、さすがにストリートビューは無いもののGoogleマップでの航空写真では確認することが出来た。
爺さんを始めとしてご近所もさんも皆亡くなって、今はもう更地になったあの場所。
なんだかちょっと懐かしくなってしまった。

デジタル時代ならではの悲哀だな。

金環日食

生まれて初めての天体ショーだったけど、無事確認できた。
いやー、面白いものだなぁ。
うちではお手軽にテレフォンカードを使って見てみたのだけど、本当にリングになって欠けて行くとこまで見る事ができた。
心無しか食の際には光量も落ちたように思う。

大人になってからも思わず声が出るほどのインパクトだったから、確かにこういう体験を子供の頃にしていたら天体への興味は募るというものだ。
やっぱり百聞は一見に如かずなんだな。

しっかし、うちの近所ではだーれも見てなかったけど、土地柄が偲ばれるわ(笑)

骨休み

会社がなくなる(合併で)というのもいい機会だし、どうせ今の案件から想像するに疲労困憊している頃でもあるだろうから、思い切って大名旅行に出ることにした。
となると、まっさきに思い浮かぶのが広島の石亭さんで、ここでひとまず一泊して、さらに市内に別のホテルもとって二泊、なーんも考えずにぼけーっとすることにした。

せっかく広島に来たんだから、というスケベ根性は置いといて、とりあえず見たいものを見て、したいことをして、行きたいところに行こうかと思う。
ある意味、こういう旅も難しいもので、ついついスケジュールを埋めたくなるけれども、骨休みするのが目的だからあまりあくせくしてもしょうがない。
保険ではないけれどもその気になれば一歩も外に出なくてもいいように宿もそれなりの所をとったのだから、広島の空気となることができれば重畳だ。
現地に赴くことさえできれば多少の荒天だって構わない。

あと一ヶ月余り。
新しい人参で頑張ることにしよう。

第一次蔵書戦争

やっと、第一次蔵書戦争が集結した。
所謂「本棚」に格納されることなく床や押し入れに山積みされ、あるいは段ボールに梱包されたままのコミックをガレージに設置した閉架に追いやること半年にして、それらが完了した。
まさか1800冊もあるとは思わなかった。
これで蔵書の全体量が大体想像できるようになったのだけど、ざっと4000冊程度だと思われる。一年あたりの増加数を考えるとちょっと少なく思えるのだけど、本心としてはその程度で納まっていてくれという気持ちが大きい。

あとは、”とりあえず”で登録したブクログのデータを再度整理し直す「第二次蔵書戦争」、整理したデータをもとに閉架書自体を梱包し直す「第三次蔵書戦争」、そして唯一の本棚に押し込めたコミックも閉架に追いやる「第四次蔵書戦争」。。。うーん、まだまだ先は長いな。

とはいえ、これで多少は購入済みのものを買ってしまう事故を抑止することはできるはず。
今回の整理でも随分とBOOK OFFに持って行かないといけないダブり本が出て来たもんなぁ。
データの整理をして、未購入作品、発売予定作品などの情報も入れれば完璧だ。

あとは、GW以来痛めている腰の調子さえ良くなってくれれば、言うことはないんだけど。
あー、もう腰痛って本当に辛い。

爪が伸びる

どうでもいいことだけど。

なんか最近、爪が伸びるのが異常に速いように思える。

ついこの間切ったと思ったのに、また切らなければいけないほどに伸びている。

大体キータッチに障りが出るまでは切らなくて、一月ぐらいは切らないものだと思っていたのだけど、4月になってから10日に1回ぐらいの割合で爪を切っていて、体感としては倍ぐらいの速度で爪が伸びているような気がする。

確証がないから単に気のせいなのだろうけど、なんだか腑に落ちなくて気持ちが悪い。
うーん、なんだかなぁ。

あどけない風景

徳島に限らないのだけど、一度京阪神を抜けて地方へ行くと、そこには心休まる風景が実に当たり前のように転がっている。
二日目の午前中に、とあるカフェでまったりと田園風景を眺めながら珈琲を啜っていたのだけど、空が実に高くて、緑はありふれた景色としてそこにあり、無粋な高層建築物も目に入る事は無く、何だか別世界にいる心持ちでいた。

高村光太郎は「東京に空が無い」という智恵子の話を「あどけない」と表現したけれども、この詩を初めて知った若い頃は確かにそう思った。
でも、今は違う。
智恵子の気持ちが狂おしいほどに感じられて確かに都会には空が無いと感じてしまう。

徳島からの帰りは奢って特急をつないで往くことにした。
理由は簡単で、少しでも確実に快適な帰路にしたかったからだ。
徳島駅で切符の手配をしてもらっている最中に、その列車が出発してしまうというトラブルはあったものの(切符をもらった瞬間に出発のアナウンスが響き渡るんだもんな。びっくりだわ)、どっぷりと読書の世界に没頭しながら帰阪することができた。

新神戸を過ぎてトンネルに入ると、いつもながら強い虚しさを覚えてしまう。
ああ、ついさっきまであった緩やかで豊かな世界はもう無い。このトンネルを過ぎると、またあのせせこましくも空も何もない世界が待っている。なんてことを想い軽い鬱にかかるのだ。

しかし。

大阪が近づき、何とも人工的で無機質な街並が色濃くなってくると、心の底からほっとしている自分がいることに気付いて周章狼狽してしまう。
ああ、もう自分にはこの景色こそが自分の帰るべき世界になってしまっているんだな、と気付いて何ともいえないやるせなさと図太さを感じて、泣きたいような笑いたいような気分になってしまう。

新幹線の出口から在来線の入口を通り、仕事帰りの人々に混じって電車を待っているとつい数時間前までは徳島にいたことが絵空事のように思えてしまう。
今日も仕事を終えてただ帰るだけ、そんな気分になってくる。
でも、これが今の自分が生きる世界の風景なのだ。

実にあどけない、私の風景なのだ。

鳴ちゅる

当て所もなく夜の徳島を彷徨っていると偶然にも舩本さんのお店に出くわした。
呑んだ後にここで食べる鳴ちゅるが絶品というのはもう何年も前から耳にしていたお話で、いつかは訪れてみたいと思っていたのに、まさかこんな形で訪問が実現するとは。

讃岐うどんの対極を行く柔らかい麺と魚の出汁が濃厚なおつゆが実に美味い。
食べていて幸せになる味だ。
うまうま、とがっついているうちにあっという間になくなってしまった。
これもまた間違いなく阿波の名物の一つだと思う。
とりあえず、可夢庵さん行って、舩本さんで鳴ちゅる食べたら、もう徳島の夜は完璧なんじゃないかと思えてしまう。
それほどに魅力的なのだ。

翌日、期せずしてくるムルさんに鳴門の本店にご案内して頂いた。
前日と変わらない味がそこにあって、再度感動。
鳴ちゅるは未だ健在。
絶対にまた味わいに来なければ。

残念なブルドッグ

「可夢庵」さんを出てから、少し呑み足りない(とワガママ言ったのは私)ということで、夜の徳島を闊歩して次のお店を探すことに。
といっても不慣れな土地。くろムルさんも地元ではないため、二人でキョロキョロと辺りを見渡しながら、適当にお店を決めて入ってみることにしてみた。

とあるビルの中の一見のバー(と思っていた)。
店の扉を開けて視界にまず飛び込んできたのは、客が座る椅子でうつ伏せで眠りこく娘さんの姿。
うわぁ。。。どえらい店に来てもうたなぁ。。。
幸いなのかどうか判断に迷うけれども、カウンター以外のテーブル席には件の伏臥娘がいるだけなので、まるでオブジェの如く無視を決め込めば別に問題は無い。
「あとでこの娘の友達が迎えに来るから問題ない」とママらしきお店の御姐さんは説明するのだけど、娘ッ子が寝転がっている横で客が酒を呑むというシチュエーションに商い的な問題性はないものかとちらっと思ったのだけど、ま、いいか。
これはこれで、面白い趣向だわ。

とりあえず日本酒が続いたので、さっぱりとしたものでブルドッグを頼んでみた。
これでそこそこのものなら2〜3杯呑んでから河岸を変えてもいいなんてことを考えながら、出て来たブルドッグを呑んで驚いた。
あ、あ、アルコールはどこへ。。。これ、なんか普通のグレープジュースに感じるんですけど。。。

何だか珍妙で面白いお店に思えたのだけど、アルコールが無いとなぁ。
ということで、早々にこのお店は退散して再び夜の帳へと消えるのであった。
色んな意味で残念。